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世人行动,实系幻影; 他们忙乱,真是枉然。

 
 
 

日志

 
 

熊木杏里---長い話  

2013-12-03 02:36:14|  分类: 曲未央 |  标签: |举报 |字号 订阅

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这首歌的主题是“成长”,熊木杏里的《長い話》,从十七岁写到二十二岁,应该是人生中最美好的六年吧,一年一段歌词,平淡,却让人心碎。听这首歌,仿佛在镜子里看到了我们自己。

熊木杏里
                 長い話

17岁的我,崇拜流行 追逐时尚
夜总会,夜不归宿这些父母都不知道的事情
每次回到家,妈妈总会流着泪
哽咽地问我你就那么讨厌回家吗
在笔记本最后一页中画的未来之梦
也曾是如此地肤浅

18岁的我,坠入爱河
陶醉在扮家家那种感觉中
大我两岁的他
经常挂在嘴边话
为什么你那么喜欢家的感觉?
他说他不能理解
即使钱包里的钱和末班车都没有了
但还想要留下我的他
喜欢却还是分手了

19岁的我,知道了自己要做什么
并让我遇到了开启梦想的唱歌
父亲高兴极了
那时我弹着吉他唱着歌
终于体会到从未感受过的拥有家的感觉
甚至放弃了曾被人说比三顿饭还要重要的当画家的梦想

20岁的我,变得非常感伤
我却一直错以为这是一件好事
开始认为唱歌也没有那么重要
无论要说什么,心中总有种隐隐地不愿
在选择面对之前,我却选择了逃避
虚伪的笑容不知什么时候已经开始挂在脸上

21岁的我,自怜自哀
不知道在哪学会了得过且过
即使那样我仍然喜欢流着眼泪的自己
右手上刚刚抽过的香烟依然冒着烟
当时的我只喜欢穿黑色的衣服
不想成为别人只想做自己

到了22也没有什么特别的变化
如果要说有一个变化的话
就是我把烟戒了
坚持自己的信念是非常困难的事情
现在我对自己还没有拥有足够的自信
为什么活着
又为了什么活下去
正因为一无所有
所以才会想去改变自己

===================================

十七歳のごろは
はやりにみをあずけて
クラブや朝帰りも親の知らないこと
いつも家に帰ると
母が泣きながら
そんなに家が嫌いかと
裏返った声で言った
元の一番
最後のページに書いた
将来の夢も
あさかなものでした
十八になったごろは
恋に恋をして
飯事のような暮らしに
うむぼれていた
二つ年上の彼は
口癖のように
そんなに家族が好きかと
わからないことを言った
財布の中身と終電がをあっても
引きとめてくる
彼が好きで別れた
十九歳のごろは
自分を知ることと
夢を結んでくれた歌に出会った
父は嬉しそうだった
ギタで歌ってた
それまでにない家族が
うえたような気がした
サンドの飯より
好きか聞かれて
画家を目指したことは
お蔵入りになった
二十歳になったごろは
やけに悲観的で
それがいいことだと
勘違いをした
歌うことがそれほど
大事じゃなく思えた
何を言ってみても
薄っぺらでいやだった
ぶつかるまえに
人を遠ざけてた
嘘で始めたい顔が
いつの間にか染み付いた
二十一になったごろは
人が悲しかった
どこで覚えてきたのか
やり過ごし方をした
それも涙が出る
自分が好きだった
右手で吹かしている
タバコは消せなかった
黒い服ばかり
好んできてた
誰のようにも
なりたくなかった
二十二になってみても
それほど変わることはなく
ひとつ変わったことと言えば
タバコをやめた
強く思うことは
とても難しくて
今もまだ自分を
信じきれずにいる
なぜ生きているの
なぜ生きて行くの
なにもないから
なにかになりたい
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